此処には妄想者多田要太による物語を所収しています。



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多 田 要 太




第8話 かば子



 夕食の時とつ然おとうさんがお前はやっぱりかば子や明日からかば子とよぶさかいなええなかば子かばは樺とちゃうで蒲でもないで椛やあれへん河馬やひぽぽたますのかばやからなと言い出したけどわたしはなんのことかわからんかったのでおとうさんなにゆうてるのわたしはるり子やないのええかげんにしてとつい声を荒げたらおとうさんは酔っ払ったせいでもしょうもない冗談でもないというようにとおくをみるめをして静かにゆうた。ええかおまえわもともとかば子やったんや忘れもせえへん三十八年前お前が生まれて五日目にわしは四日間一睡もせんと我がこの子の名前を考えて姓名判断の本三冊読んで市役所行ってすんまへんうちの子の名前かば子にしたいゆうたら戸籍係の受付のおばはんやら腕カバーした係長やらポマードで無い髪撫でつけた助役までやって来てわしを取り囲んであんさん自分のかわいい娘になんちゅう名前をつけまんねんそれでは娘が将来かわいそうやとドウカツしよってからにわしもその時は若気の至りつい弱気になってそれやったらるり子にしますとゆうてしもたがやっぱり人間じぶんの第一印象を大事にせなあかんおまえのなまえを呼ぶたびになんや心にひかかる違和感があって今日まで今日まで今日まで只今の今まで何やろうこの心の片隅の小さいけれど気になるもんはめだかのほねがのどにささったみたいな気持ちで暮らしてきた三十八年間わしの三十八年間やっぱりおまえはかば子やないとあかんかば子でないおまえのことを親として愛することがでけんわしの子やったらおまえわかば子のはづやというのでわたしは新婚八ヶ月の亭主の菊男さんにちょっとあんたもだまってへんでなんとかゆうてちょうだいじぶんの嫁がとつぜんかば子になってもええのというと菊男さんはサザエさんのマスオさんみたいな口調でおとうさんわかりますおとうさんのきもちぼかーいたいほどわかるなー苦労なすったんですねえというのでわたしわ目の前がずるりと溶けたように思え追い討ちをかけるように菊男さんがそれは同一性障害てやつじゃないでしょうかなんて言うのが遠くで聞こえるのでわたしわあほか姓とちごて名同一性障害ちがうんかと思たけどそれも変やと思い直してなにもいえなんだのをええことにおとうさんはますます勢いづいて菊男くん解ってくれるかやっぱりおとこどうしやのうといえば菊男さんはすかさず冷蔵庫から発泡酒を二缶だしてぷしゅっとあけておとうさんにすすめながらじつわ僕も自分が菊男なんが許せんのですおとおさんどおおもわれますといえばおとうさんは確かにそうだあんたのおやも市役所でどうかつされて心にも無い名前を愛する我が子につけてしまい苦しんでいるに違いない今すぐ電話して御両親にきいてみなさいといわれて菊男さんは玄関脇の電話で実家に電話をかけるとおどろいたことにやっぱりそうでしたうちの親が僕に付けたかった本当の名前はペドロでしたああペドロそれこそが僕の本当の名前だったのですペドロというのが僕の真実のなまえです明日市役所へいってなまえを変えてきますついでにるり子もかば子にしてきますというのであほかこいつらなまえそんなに簡単に変えられ変でかえられへんでカエラれヘンでと思ったが翌日三人そろって市役所へ行って名前かえたいゆうたらまどぐちのやるきのなさそうな若いにいちゃんこの紙に書いてだしてくださいゆうて改名申請用紙わたしよって菊男嬉々としてペドロとかいてハンコ押しわたしの分も書いて窓口にだすと堂々とこっそりエロサイト閲覧していた兄ちゃんパソコン切り替えてちゃちゃちゃと打ってはいでけましたあっちで二百八十円はろてくださいゆうてわたしはあっとゆうまにほんまにかば子になってしまいました。

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