此処には妄想者多田要太による物語を所収しています。      



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多 田 要 太


第7話 はたらくおじさんのひみつ
フイルム工場の闇

さんちゃん 「ぺろくん、今日は写真フイルムを作っている工場を見に来たよ」

ぺろくん  「あれあれ、この建物何か変だよ。あ、わかった。この工場。窓が全然無いんだ」

おじさん  「やあこんにちわ。ぺろくん、いいところに気がついたね。ここで作っているのは、写真のフイルムなんだ。作っている途中で光が当たると使えなくなるからね」

ぺろくん  「それじゃ、工場の中は真っ暗なの?何だかこわいな」

さんちゃん 「ぺろくんこわがりだなー」

おじさん  「ははは、今はまだ始業時間前だから電灯が点いているよ、でも仕事が始まると真っ暗になってしまうんだよ」

さんちゃん 「ここは何の部屋だろう。大きな透明のシートが置いてあるね。それに、この大きなタンクはなんだろう」

おじさん  「このシートがフイルムベース。大きさは縦横約三十メートルあるんだよ。この上に、タンクの中に入れてある光が当たると化学変化を起こす薬品を塗ってフイルムを作るんだ」

ぺろくん  「あれあれ、何か変だよ。写真のフイルムってもっと細長く横に穴があいてるんじゃなかったっけ」

おじさん  「ぺろくん、いいところに気がついたね。みんなが使っているフイルムは、この大きなシートを切って作るんだよ」

さんちゃん 「ええっ! 真っ暗な中で切るんですか」

おじさん  「そうだよ。真っ暗な中で、この大きな刷毛で薬品を塗って乾かすんだ。それからこのはさみをつかって決まった幅で切っていくんだよ。次に、この特別製の穴あけパンチでパーホレーシヨンという穴を開け、駒数の数字やフイルムの種類を表す文字や記号を焼きこむんだ。最後に出来たフイルムをくるく巻き取ってこの缶に詰めるんだ。ここで作っているのは百フィート長巻フイルムという種類で、カメラに入れて使うときは、ここからまたパトローネという小さな缶に切り出して使うんだ」

ぺろくん  「ぜんぶ手作業で作るんですか。めんどうだなー」

さんちゃん 「どうして初めからパトローネに入れないの」

おじさん  「このほうが値段が安いから写真の好きな貧乏な人はこの百フィート缶が便利なのさ」

さんちゃん 「ムカイさんのことだな」

おじさん  「さすがはさんちゃん。するどいね。でも最近はムカイさんみたいな貧乏な人や、フイルムで写真を撮る人が減ってしまって、この工場でも、もう百フィート缶入りフイルムは作らないことにしたんだ」

ぺろくん  「企業が生き残る為には、貧乏人のことまでかまっちゃいられないってところですかね」

おじさん  「おいおいぺろくん、あからさまだね。フイルムを作るのも手作業で手間がかかるし、若い人たちは一日中真っ暗な工場で働くのがイヤだっていう人も多いから」

さんちゃん 「若い人には職人技もきついきたないくらいくさいってわけだね」

おじさん  「みもふたもないね、さんちゃん。おじさんたちは中学卒業以来フイルムつくり一筋でやってきたんだよ」

ぺろくん  「おじさんたち団塊の世代が退職してしまう影響がこんなところにまで出てきているんだねえ」

さんちゃん 「きょうはどうもありがとうございました。いろいろ勉強してまた一歩ずるい大人の世界に近づくことができました」

おじさん  「どういたしまして。ところでぺろくんきみは犬なのにどうして言葉が喋れるんだい」

さんちゃん 「おじさん、それは言わないお約束だよ」


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