此処には妄想者多田要太による物語を所収しています。



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多 田 要 太



第6話 夢 路 その1



 その朝大便をしたトイレは道路から石垣で1メートルほど高くなった畑の隅にあって、困ったことに囲いが全く無くて道路を歩く人から丸見えだった。でも、慣れたら全然気にならないト思いながら用を足して、下を見ると便槽のなかにエアガンの瓦斯缶などが落ちているので、汲取屋に怒られるト思い火箸で取って畑の横の廃材置き場に捨てた。汲取屋はここがトイレだと知っているのだろうか。どう見ても只の穴なのだが。

 前の晩はムラタ君の家に泊めてもらっていたのでそのまま会社に行こうト思い他の友達たち(大学の写真部の友達だったような気がするがよくわからない)と一緒に表に出たら最近ムラタ君が飼いはじめたという犬が寄ってきたのでそういえば、会社のパートさんにもらったミルクキャンデーがあったト思い鞄を探ると、粒餡の饅頭が出てきた。これは何時から入っていたのだろうト不安になるが、犬に食わせるのだから賞味期限なんて大丈夫、一応臭いをかいで見るが花粉症で鼻が詰まっているのでポーズだけ。でもその茶色の子犬は地面に割り置かれた饅頭を迷惑そうに眺めるだけで食べようとしない。慌てて鞄を探りキャンデーをやるがそれも気に入らないようだ。見ると犬の顔がだんだんと吻が伸びて目玉も飛び出して来そうだったので構うのを止めて早々にその場を辞した。

 土塀に囲まれた路地を曲がると四国の田舎の海岸近くの畑の中の道。空は恐怖を覚えるほどの藍色で今日も暑くなりそうだった。海の方角から自転車に乗った女子生徒が二人走ってきた。中学は自転車通学禁止の筈なので何処かの高校生が夏の補習のために登校するのだろう。水を汲み上げて畑に潅水するモーターの音が遠くで聞こえる。昔は無かったでっかいタンクがたくさん建っていて、こりゃマイケルケンナな風景だ夜に撮影しにこようト思った。畑の中の舗装されてない細い道をたどっているうちに曲がり角が判らなくなってしまった。家に帰って自転車で会社に行ったほうが帰りが楽だト思ったのだが、このままでは遅刻してしまう。適当なところで旧国道を渡ったら、見覚えのある製材所が在った。しまった、景色に気をとられて行き過ぎた。ここはもう伊予市だ。こうなったら電車で帰ろうと駅に向かう。黒い犬がしっぽを振って走ってきて足に纏わりつく。さかりがついているのだ。昔は無かった大きなスーパーに迷い込みそうになったりしながらやっと郡中港の駅に着いた。電車は行ってしまった後だった。電話を探して会社に遅刻する旨連絡しなければト思うのだが公衆電話が見当たらない。駅のトイレの脇にピンク色の電話があったので、十円玉を入れようとしたら投入口が溶接で塞がれていた。駅員に教えてもらってやっと電話のありかが判ったが、今度は会社の電話番号を控えた手帳の頁が判らない。そうこうしているうちに始業時間が近づいてくる。ああ、今日は朝礼の日じゃないか。こまったなあト思ったら。

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